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「富来(とぎ)」って・・・どこ?!
富来の位置

富来は、能登半島の西側(東経136度43分、北緯37度8分付近)にあります。

2005年(平成17年)9月1日に、富来町は志賀町との合併により「新・志賀町」となりました。 本ホームページでは、「富来」や「富来地域」という表記で紹介しています。

「旧富来町」も1954年(昭和の大合併)には、富来郷の1町7ケ村が合併して富来町が誕生しましたが、今回の合併により「富来町」の呼称はなくなりました。
しかしながら今回の合併により、住所の一部に旧村名が復活した地区もあります。

富来地区では、七海、牛下、生神、地頭町、領家町、高田の各地区は、「富来七海」となり、同じように他の地区もその前に、「富来」という呼称をつけて富来の名前を残す事になりました。

また西海地区では、風戸、風無、千ノ浦、久喜の地区は、「西海風戸」・・・と言ったように昔ながらの呼称が復活しました。

今でも私たちは、住んでいる地区のことを旧の村名で呼ぶことが多く、年間の行事なども地区毎に実施されています。

富来町教育委員会発行の「能登富来町昔話集」の冒頭には、次のように書かれています。

富来町は、日本海に突出する能登半島西側のほぼ中央に位置し、景勝「能登金剛」を含む美しい海岸線と、能登を縦断する背梁山脈をかかえ込んだ、南北に細長い地域である。

すなわち、町の西部には遮るもののない日本海の荒波がじかに打ち寄せており、富来湾内の増穂ケ浦と呼ばれる砂浜地区を除いては、そのほとんどが、切り立った山稜と直接に接していて、岩場中心の男性的な景観を呈している。その厳しい海岸線の間隙をぬって、小さな漁港が点在する。

また内陸部は、北部に「能登富士」と称される高爪山を擁し、なだらかな丘陵の起伏する山村地域であり、東部も同じく奥深い山あいの地域の中、比較的平坦な地を見つけて、各部落が散在する。

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土地の人々は、自分達の地域名を合併以前の旧の呼び名で呼ぶことが多い。 それは、そこに住む人々の主要な生活圏であり交流圏であったのだろう。
今日でも町の行政は、旧の村単位で施行されていることもあって、地域的紐帯感は人々の意識に強く根ざしている。

富来地域は、福浦から西浦までの約30kmの海岸線は「能登金剛」と呼ばれ、自然が作った景観が観光客の目を奪います。 日本海の冬の荒波が運んでくる「幸せを呼ぶさくら貝」を初めとする綺麗な小貝は、増穂浦の砂浜に押し寄せます。

長い海岸線を持つ富来では採れる海産物も豊富で、特に冬に採れる「甘エビ」は石川県内でも富来の特産品として、活きたまま全国へ送られています。

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